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社労士の労務相談、AIで答えていい問い・ダメな問いを15ケース比較表で線引き【社労士法対応】
月曜の朝9時。顧問先から2通のメールが届いていました。1通目は「育休の延長手続き、何を出せばいい?」。2通目は「ある社員の残業が36協定の上限に近い気がするけど、これって問題ある?」。
どちらもよくある質問です。AIに打ち込むと、それらしい回答がすぐに返ってきました。文面も整っている。あとはコピーして送るだけ——。
そこで、送信ボタンの上で手が止まります。「この回答、私が出していい答えなんだろうか。先生に見せなくていいのか」。社労士資格は持たない補助者にとって、この一瞬の迷いは毎日のように訪れます。
結論から言います。社労士事務所に届く労務相談は「就業規則を参照すれば完結する問い」と「社労士法の解釈・判断が入る問い」の2種類に分かれます。 この線引きを先に決めておけば、AIで一次回答していい問いと、必ず有資格者のレビューを通すべき問いを、迷わず仕分けできます。
この記事の主役は、その線引きを15ケースで可視化した比較表です。汎用的な「AIエージェントの作り方」ではありません。あなたの事務所が「どの問いをAIに任せ、どの問いを止めるか」を決めるための、一枚の判断地図をお渡しします。
この記事の前提(YMYLにつき先に明示します)
本記事のAI活用は、あくまで補助者・スタッフが「一次回答の下書き」や「論点の整理」を速くするための方法です。労務相談への最終的な回答・法的な判断・申請代理は、社会保険労務士などの有資格者が行う領域です。AIの出力をそのまま顧問先へ送ることは想定していません。また、社員名・給与額・健康情報・具体的なトラブルの固有名は、AIに入力しないことを前提に読み進めてください(理由は後半で解説します)。
社労士事務所の労務相談は「2種類の問い」に分かれている
まず押さえたいのは、労務相談には性質の違う2種類が混在しているという事実です。ここを分けずにAIを使うと、危険な問いまでAI任せにしてしまいます。
理由は、社労士の業務範囲が法律で定められているからです。社会保険労務士法(e-Gov 法令検索)の第2条は、労働・社会保険に関する書類の作成や申請の代理などを社労士の業務として定めています。さらに第27条は、こうした業務を有資格者でない者が報酬を得て行うことを原則として禁じています。
つまり、補助者が独自の判断で「これはこう解釈すべきです」と顧問先に回答すること。これと、すでに決まっている事実を「就業規則ではこう定められています」と案内することは、性質がまったく違うのです。
この違いを、2つの問いに置き換えてみます。
- 就業規則参照で完結する問い:答えが文書や条文にすでに書いてある。「探して、確認して、伝える」だけで済む。例:「育休の申請に必要な書類は?」
- 解釈・判断が入る問い:答えが文書に書いておらず、事実関係をあてはめて「妥当かどうか」を判断する必要がある。例:「この降格は不利益変更にあたるか?」
前者は、厚生労働省自身が労働基準法に関するQ&Aとして整理しているような、解釈の余地が少ない問いが多くを占めます。後者は、同じ条文を読んでも事案ごとに結論が変わる、社労士の専門性が問われる問いです。
AIが得意なのは前者です。整理された情報を素早く照合し、抜けのない一次回答の下書きを作る。ここはAIの強みが活きます。一方、後者をAIに任せると、それらしいが事案に合わない回答が生成され、補助者がそれを送ってしまう——これが事務所にとって最も避けたいリスクです。
だからこそ、問いを受けた瞬間に「どちらの種類か」を判断する物差しが要ります。 その物差しが、次の比較表です。
【中核】AIで答えていい問い vs 社労士専権の問い——15ケース比較表
ここがこの記事の心臓部です。社労士事務所に実際に届く労務相談を15ケース選びました。「AIで一次回答できる問い(就業規則・条文参照型)」と「社労士の解釈・判断が必要な問い(社労士専権型)」の2列に振り分けています。

| 顧問先からの相談ケース | AIで一次回答できる(就業規則・条文参照型) | 社労士の判断が必要(解釈・判断型) |
|---|---|---|
| 1. 有給休暇の付与日数・繰越の確認 | ✅ | — |
| 2. 育休の申請に必要な書類・期限の案内 | ✅ | — |
| 3. 残業代の計算式(割増率)の確認 | ✅ | — |
| 4. 就業規則に定めた休日・始業時刻の確認 | ✅ | — |
| 5. 36協定の届出様式・記入欄の説明 | ✅ | — |
| 6. 慶弔休暇の日数(就業規則の記載確認) | ✅ | — |
| 7. 社会保険の被保険者資格取得届の提出先 | ✅ | — |
| 8. 「この残業命令は無効ではないか」の判断 | — | ⚠️ |
| 9. 育休中の降格が「不利益取扱い」にあたるか | — | ⚠️ |
| 10. ハラスメント相談への具体的な対応方針 | — | ⚠️ |
| 11. 問題社員の懲戒処分が有効かの見極め | — | ⚠️ |
| 12. 個別の労使トラブルの和解・あっせん対応 | — | ⚠️ |
| 13. 就業規則の不利益変更が許されるかの判断 | — | ⚠️ |
| 14. 「未払い残業代を請求された」際の対応 | — | ⚠️ |
| 15. 申請書類の作成代理・行政への提出代理 | — | ⚠️ |
表の左側(ケース1〜7)に共通するのは、答えが「すでにどこかに書いてある」点です。法定のルールや、顧問先の就業規則を参照すれば確認できます。AIは「就業規則のこの条文を見てください」「必要書類はこの3点です」という抜けのない案内文の下書きを得意とします。
右側(ケース8〜15)に共通するのは、事実関係をあてはめて「妥当か」を判断する点です。同じ「降格」でも、経緯・本人の同意・代替措置の有無で結論は変わります。ここはまさに社労士法第2条が想定する専門領域であり、AIの一見もっともらしい回答が、かえって事務所を危険にさらします。
なお、ケース15のような申請書類の作成・提出の代理は、報酬を得て行う場合は有資格者の業務です。AIで下書きを作ること自体は可能ですが、「誰が作成・提出の責任を負うか」は別の問題である点に注意してください。書類実務の効率化については、就業規則の改定管理をAIで支えるエージェントの記事でも別の角度から扱っています。
この「AIに任せられる範囲と、有資格者に委ねる範囲の線引き」という構造は、社労士に限った話ではありません。弁護士法第72条をめぐる法律事務所のAI相談一次対応の線引きとも、まったく同じ形をしています。士業のAI活用は「速さ」より先に「境界」を引くことが出発点になります。
2025年の育児・介護休業法改正で、判断が要る問いが増えた
線引きが今まで以上に重要になっている理由が、法改正です。
育児・介護休業法の法改正のポイント(厚生労働省)によると、2025年には子の看護を目的とした休暇の対象拡大や、柔軟な働き方に関する措置など、複数の改正が段階的に施行されています。制度が新しくなれば、顧問先からの「うちの場合はどうなる?」という問い合わせは確実に増えます。
ここで起きやすいのが、改正前の知識で学習した情報をもとに、AIが古い前提で回答してしまうことです。制度が変わった直後ほど、AIの回答が最新の法令に追いついていない可能性があります。補助者がその回答を見抜けずに送れば、顧問先に誤った案内をすることになります。
だからこそ、改正がからむ問いは右列(社労士専権型)に寄せて考えるのが安全です。具体的には、次のような問いは一次回答であってもAI任せにせず、有資格者の確認を通すべきです。
- 改正後に「自社の制度がどう変わるべきか」という設計の相談
- 「対象拡大された休暇を、この社員が取れるか」という個別あてはめ
- 「公表義務の対象になるか」など、事案ごとに結論が分かれる判断
一方で、改正がからんでも「申請の様式」「提出先」「条文の所在」といった事実確認は、左列のままAIで下書きできます。変わったのは制度であって、事実を案内する作業の性質ではないからです。
なお、就業規則そのものを参照すれば答えられる問いについては、厚労省のモデル就業規則(令和7年12月版)が良い土台になります。顧問先の就業規則とモデル就業規則を突き合わせれば、「この事務所のルールはどこに書いてあるか」をAIに整理させやすくなります。
左列の問いに限定した「安全な一次回答プロンプト」
では、左列(AI委任可)の問いに絞って、補助者が安全に使える一次回答プロンプトを設計します。ポイントは、AIに「判断」をさせず「整理」だけをさせることです。
まず、避けたい使い方を見てください。
悪い例(曖昧な丸投げ)
「育休延長について教えて」
これでは、AIが勝手に一般論を語り、事案によっては誤った前提で回答します。判断の余地を残した問いは、AIが判断を埋めてしまうのです。
これを、判断させない形に組み替えます。固有名や数値を入れず、構造だけを指示するのがコツです。
良い例(左列限定・整理に徹するプロンプト)
あなたは社労士事務所の補助スタッフをサポートする整理役です。以下のルールで、顧問先への一次回答の「下書き」だけを作ってください。
【厳守事項】
1. 法的な妥当性の判断・解釈はしない。事実の整理と、確認すべき条文・書類の案内に徹する。
2. 結論が事案によって変わりうる論点は「ここは社労士の確認が必要です」と明記して止める。
3. 個人名・会社名・給与額・健康情報は入力されていない前提で、一般的な様式で書く。
【入力】相談の種類:(例:育休の申請手続きの確認)/参照する社内規程の章:
【出力フォーマット】
・確認すべき書類/様式:箇条書き
・参照すべき就業規則の章(プレースホルダーで):____
・顧問先へ伝える一次回答の文面(下書き)
・【要・社労士確認】の論点:箇条書き
このプロンプトの肝は、最後の「【要・社労士確認】の論点」を必ず出力させる点です。AIに「自分が判断していい範囲を超えた部分」を自己申告させることで、補助者が見落としを拾えます。出力された下書きは、あくまで有資格者へ渡すたたき台として使います。
実際の出力イメージは、次のように変わります。
- Before(AIへの問い):「育休の申請手続きを教えて」→ 一般論が長文で返り、どこが事案依存かわからない
- After(上のプロンプト):必要書類リスト+参照すべき規程の章+一次回答の下書き+「延長の可否判断は社労士確認が必要」という注記、が分かれて返る
この差は、補助者の「送っていいのか」という迷いを、構造的に減らします。
こうしたプロンプト設計を体系的に身につけたい補助者・社労士の方には、業務でのAI活用講座が近道です。労務という具体的な題材で「判断させず整理させる」型を反復練習すると、自己流の丸投げから抜け出せます。
なお、Q&Aで見つかった疑問を「実際の勤怠データと突き合わせて確認する」工程は、別のエージェントの領域です。社労士事務所の勤怠突合をAIで支えるエージェントの記事と組み合わせると、「相談に答える→事実を確認する」の流れがつながります。
顧問先情報の機密性と、AIに入れてはいけない情報の線引き
AI活用でもう一つ外せないのが、何を入力していいかという線引きです。労務情報は、社員の評価・給与・健康・トラブルといった、最もセンシティブな情報の集まりだからです。
個人情報保護委員会の生成AIサービスの利用に関する注意喚起は、個人情報を生成AIに入力する際のリスクに注意を促しています。社労士事務所は顧問先の従業員という「第三者の個人情報」を大量に預かる立場であり、扱いはより慎重であるべきです。
そこで、AIに入れていい情報と入れてはいけない情報を、はっきり分けておきます。

- 入れてよい(一般化された情報):相談の「種類」、参照する就業規則の「章の名前」、法定様式の名称、割増率などの一般的な計算式
- 入れてはいけない(固有の個人情報):社員の氏名、生年月日、給与額、評価、病名・診断などの健康情報、顧問先の会社名、具体的なトラブルの当事者がわかる記述
実務では、相談メールをそのままコピーしてAIに貼り付けたくなります。しかし、メールには社員名や会社名が必ず含まれます。貼り付ける前に、固有名を「Aさん」「B社」などに置き換える一手間が、事務所を守る最後の砦です。
判断に迷ったら、原則はシンプルです。「これが外部に出ても、誰のことか特定できないか」。特定できる情報は入れない。これを徹底するだけで、リスクの大半は防げます。
まとめ:15ケース比較表を「自事務所のAI委任基準書」にする
最後に、この記事の使い方をまとめます。要点は、AIを「速く答える道具」ではなく「線引きを守るための道具」として位置づけることです。
- 問いを受けたら、まず2種類に仕分ける——就業規則参照で完結する問いか、解釈・判断が入る問いか。比較表の15ケースが判断の出発点になります。
- 左列はAIで一次回答の下書きを作る——ただし「判断させず整理させる」プロンプトを使い、【要・社労士確認】の論点を必ず出力させる。
- 右列は有資格者へ——AIの回答がもっともらしくても、最終判断は社労士に委ねる。これは社労士法第2条が想定する境界です。
- 固有の個人情報はAIに入れない——貼り付け前に固有名を置き換える。
そのうえで、ぜひ取り組んでほしいのが、この比較表を自分の事務所版にカスタマイズすることです。顧問先の業種や規程によって、よく来る相談は変わります。実際に届いた相談を1か月分集めて左右に振り分ければ、あなたの事務所だけの「AI委任基準書」ができあがります。新しく入った補助者にも、この一枚を渡せば判断の軸を共有できます。
その土台として、顧問先ごとの就業規則・勤怠・給与といったデータが整理されていると、「どの規程を参照すべきか」をすぐに特定でき、AIに渡す情報の準備も楽になります。クラウドでの一元管理は、属人化を防ぐうえでも有効です。
AIは、社労士の判断を肩代わりする道具ではありません。「答えていい問い」を補助者が速く正確にさばき、「判断が要る問い」を有資格者に確実に回すための仕分け装置です。この線引きさえ守れば、月曜の朝、送信ボタンの上で手が止まる時間は、確実に短くなります。
再掲(YMYLにつき重要):本記事のAI活用は一次回答の下書き・論点整理を補助するものです。労務相談への最終的な回答・法的判断・申請代理は社会保険労務士などの有資格者の領域です。個人を特定できる情報はAIに入力しないでください。制度・法令は改正されるため、最新の内容は厚生労働省など公的機関の情報および有資格者にご確認ください。
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