労働関連の法改正のニュースが流れる。その瞬間、ひとり社労士の頭をよぎるのは、関与先の数だ。
「これ、A社の就業規則は直さないと。B社は…たしか特殊な勤務形態だった。C社はそもそも10人未満だから届出義務はないが、念のため見ておくか」。
顧問先が30社あれば、この「どの会社の、どこを、直すべきか」の洗い出しを、30回ぶん頭の中で回すことになる。漏らせば、関与先が知らぬ間に法令違反状態になりかねない。かといって、ひとり事務所に、全社を一斉に精査する時間はない。
この「全社の改定要否を、漏れなく・速く仕分ける」が、法改正のたびに発生する、社労士のいちばん重い意思決定だ。
この記事は、その意思決定を、AIと一緒に一本のフローにする方法を示す。法改正が来た日、何を最初にやり、どう30社を分類し、どこから手をつけるか——その順番を、AIに下働きさせながら回していく。ただし最初に断っておくと、最終的な「直す・直さない」の判断は、必ず社労士本人が下す。AIは仕分けと下書きの担当で、判断者ではない。
フロー① 法改正を、まず「実務の言葉」に翻訳する
法改正の条文や行政の通達は、そのままでは「で、どの規定に効くのか」が見えにくい。最初の一手は、それを実務の言葉に翻訳することだ。ここはAIが得意な作業になる。
公的な改正概要をAIに渡し、こう頼む。
次の法改正について、社労士実務の観点で要点を整理してください。(1)何が変わるか3〜5点 (2)どんな規模・勤務形態の会社に影響しやすいか (3)就業規則・36協定のどの条項の確認が要るか (4)社労士が官公庁の一次情報で必ず再確認すべき点。不確実な点は断定せず「要確認」と明示してください。
ポイントは最後の一文だ。AIは時に古い情報や、それらしい誤りを返す。だから「断定するな、要確認と書け」を最初から指示に入れておく。出てきた要点は、あくまで翻訳のたたき台。一次情報での裏取りは、社労士が行う。
ここで翻訳された「影響しやすい会社の条件」が、次の仕分けの判定軸になる。
フロー② 30社を「3つの箱」に仕分ける——ここが意思決定の心臓
全社を一律に精査するから時間が足りなくなる。やるべきは、3つの箱に振り分けることだ。
- 要対応:明らかに改定が要る会社
- 不要:今回の改正の影響を受けない会社
- 要精査:機械的には判断できない、社労士が個別に見るべきグレーな会社
この仕分けは、関与先の一覧(関与先マスタ)と、フロー①の判定軸をAIに渡して行う。マスタは仮名で、次のような最小限の項目でよい。
【関与先マスタ(仮名で管理)】
会社コード|従業員規模|勤務形態|就業規則の最終改定年|36協定の有効期限|特記
A社|25名|通常|2019年|2026/3|—
B社|8名|変形労働(1年単位)|2021年|2026/5|要注意・特殊運用
C社|60名|裁量労働あり|2018年|2026/6|長期未改定
判定軸は、フロー①で翻訳した「影響しやすい条件」に加え、おおむね次の4つになる。①従業員規模(常時10人以上か)②時間外労働の有無 ③現行条文が改正項目に対応しているか(古い表現のままか)④変形・裁量など特殊運用か。これをマスタと一緒にAIへ渡す。
関与先マスタと、先ほど整理した判定軸に基づいて、各社を「要対応/不要/要精査」に仕分けてください。表形式で、会社コード・判定・理由・社労士が確認すべき点を。変形労働時間制・裁量労働制・特別条項付き36協定など特殊な運用の会社は、結論を出さず必ず「要精査」に振り分けてください。
返ってくるのは、こんな一覧だ(あくまで一次仕分けで、確定は社労士が行う)。
会社|判定 |理由 |社労士が確認すべき点
A社|要対応 |時間外規定が旧表現・規模25名 |現行36協定との整合
B社|要精査 |1年単位の変形労働=個別判断要 |変形労働の協定と条文を精査
C社|要対応 |60名・条文が2018年から未改定 |裁量労働部分は別途要精査
B社のように特殊運用は、AIが勝手に「要対応」とも「不要」とも言わず、「要精査」で止めて社労士に回している。この一覧の確認が、30回ぶんの頭の中の洗い出しに代わる。
この「特殊運用は要精査で止める」という指示が、安全運用の肝だ。
基本ルールは、判定の物差しに使える。就業規則は、労働基準法第89条で常時10人以上の事業場に作成・届出義務がある(怠れば第120条で30万円以下の罰金。参考:厚生労働省 労働局の解説)。時間外労働の上限規制も、2019年改正(中小企業は2020年4月)で原則月45時間・年360時間が定められている(参考:厚生労働省 働き方改革特設サイト)。ただしこれらも記事執筆時点の概要であり、適用は必ず一次情報で確認する。だが、特別条項や変形労働時間制が絡む会社は、条件が複雑で、AIの一律判定に乗せると誤る。「グレーは機械に結論させず、社労士に回す」という線を、フローに組み込んでおく。
これで30社が、「すぐ対応すべき数社」「見なくてよい会社」「自分の目で見るべき会社」に分かれる。頭の中で30回回していた洗い出しが、確認すべきリストに変わる。
社労士業務のAI活用を体系的に学びたいなら、Udemyの「業務効率化×ChatGPT」関連講座が、この仕分けフローを土台に学習を広げられる。
フロー③ 「要対応」の会社だけ、改定ドラフトと説明文を作る
仕分けで「要対応」に入った数社についてだけ、条文の改定ドラフトと、関与先への説明文を作る。30社全部ではなく、絞られた数社。ここで初めて、手を動かす作業が始まる。
A社について、次の改定方針で(1)条文の修正ドラフト案(改定前後を対比)(2)経営者向けの説明文 を作ってください。条文は社労士のレビュー前提。説明文は専門用語を避け「なぜ直すか・何が変わるか・いつまでに」を平易に。不確実な点は社労士確認事項として明示してください。
すると、たとえばこんな形で返ってくる(あくまで叩き台で、文言は社労士が確定する)。
■ 条文修正ドラフト(第○条 時間外労働)
【改定前】会社は業務上必要がある場合、労働者に時間外労働を命じることがある。
【改定後】会社は業務上必要がある場合、労使協定(36協定)の範囲内で、
労働者に時間外労働を命じることがある。
★社労士確認:貴所の36協定の特別条項の有無に応じて上限の記載を要調整
■ 経営者向け説明文(抜粋)
「今回の改正に合わせ、就業規則の時間外労働の条文を、現在の労使協定に
沿った表現に整えます。実際の運用が変わるわけではなく、規定の書きぶりを
最新のルールに合わせる趣旨です。○月までに届出を済ませる予定です。」
条文ドラフトは、社労士が必ず目を通して確定する。説明文は、関与先の経営者が読んで分かる言葉になっているかを確認し、その会社の事情に合わせて一言添える。AIが叩き台を出し、社労士が専門家として仕上げる——この分担で、説明文づくりの夜なべが大きく減る。
なお、説明文や通達文の型をもっと増やしたい場合は、文章作成の基礎として『ChatGPTメール作成テンプレート集の考え方』も応用できる。
このフローで、AIに「決めさせない」一線
ここまでのフローは、見ての通り「AIが仕分け・翻訳・下書きをし、社労士が判断・確認・確定をする」という分担で動いている。社労士業務は法的責任を伴うため、この一線を曖昧にすると、関与先に実害が及ぶ。具体的に、AIに渡してはいけないのは次の3つだ。
- 改定要否の最終判断:AIの仕分けは「候補出し」。要対応・要精査の確定は、必ず一次情報を確認した社労士が行う
- 特殊運用の会社の結論:変形労働時間制・裁量労働・特別条項付き36協定など、条件が複雑な会社は「要精査」で止め、AIに結論を出させない
- 関与先の機微情報:実名・従業員の個人情報・係争中の労務トラブルはAIに渡さない。関与先は仮名(A社・B社)で扱う。事務所のAI利用ルールづくりには『中小企業向けAIガバナンス利用規程テンプレート』が応用できる
逆に言えば、この3つさえ人が握っていれば、AIは「面倒な下調べと下書き」を一手に引き受ける、頼れる補助者になる。
毎月の勤怠チェックをAIで仕組み化する話は『社労士の勤怠チェックAIエージェント』、関与先からの労務相談の一次対応は『社労士の労務FAQチャットAIエージェント』、同じ士業の相談業務の例は『法律事務所の相談対応AIエージェント』にまとめている。
改定したルールを「絵に描いた餅」にしないために
フローを回して就業規則や36協定を直しても、関与先の現場で勤怠・給与・社会保険の実務が回っていなければ、改定は紙の上だけのものになる。
マネーフォワード クラウドのような給与・勤怠・社会保険のクラウドを関与先に導入支援すれば、改定したルールが、実際の勤怠管理・残業計算・各種手続きに反映される。社労士事務所にとっては、関与先のデータが整い、次の法改正が来たときの仕分け(フロー②)も、より速く正確に回せるようになる。改定対応と顧問先のDXが、ひとつの流れでつながる。
→ マネーフォワード クラウドで関与先の労務実務を効率化する(PR)
「30社、どこを直す?」が、リストの確認に変わる
法改正のニュースを見るたびに、関与先全社のファイルを一社ずつめくって、頭の中で改定要否を洗い出す。その夜なべが、社労士のいちばん重い負担だった。
翻訳→3つの箱への仕分け→要対応だけドラフト、という一本のフローに乗せれば、AIが「明らかに確認が要る会社」を漏れなく拾い、グレーは「要精査」として社労士の机に回す。あなたは、30回ぶんの洗い出しではなく、絞られたリストの確認と、本当に難しい数社の判断に、集中できる。
探して仕分ける時間が減れば、その分、関与先一社一社の事情に向き合う時間が増える。ひとり事務所でも、より多くの関与先を、より深く支えられる。法改正のたびの夜なべを、AIが肩代わりしてくれる時代になっている。
本記事で触れた法令(労働基準法第89条・第36条・第120条、時間外労働の上限規制等)は2026年5月時点の一般的な内容であり、個別の適用・最新の改正内容は、必ず官公庁の一次情報および社労士の専門判断でご確認ください。本記事のAIエージェントは社労士の判断を支援する下書きツールであり、法的判断を代替するものではありません。
※本記事には一部、提携サービスへのリンクを含んでいます(PR)。
コメントを残す