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相続の「最初の相談」、AIで交通整理——司法書士・行政書士が初回対応で取りこぼさないための一次トリアージ【2026】
お盆明けの午後、事務所の電話が鳴る。
受話器の向こうで、年配の男性が少し早口で話し始める。
「先月、父が亡くなりまして。相続、何から手を付ければいいのか……」。
所長は片手で受話器を持ち、もう片方の手でメモ用紙にペンを走らせる。
不動産はあるらしい。預金もある。きょうだいは三人。
聞きながら、頭の中では別のことも回り始める。
「これは登記の話か、税の話か。争いの気配はあるか」。
電話を切ったあと、メモを見返す。
書き取れた情報は虫食いで、肝心の「いつ亡くなったか」が曖昧なまま。
相続放棄の期限が近いかもしれないのに、確かめそびれた。
——この「聞き漏らし」と「伝え忘れた期限」が、数か月後にじわりと効いてくる。
先に、この記事の結論をお伝えします。
相続の初動でつまずく原因は、ほぼ二つに集約されます。「振り分け」と「期限」です。
誰が担当する案件かの仕分けと、複数同時に走る締切の管理。
この二つさえ初回で押さえれば、相続案件の入口は驚くほど整理されます。
そして、ここにAIを一枚かませます。
ただし役割は限定的です。
AIにやらせるのは「相談内容の整理」「振り分け候補の下書き」「期限アラートの試算」「必要書類の初期リスト」まで。
受任するか、法的に判断するか、税額を計算するか、登記や書類を作成するか、代理人として交渉するか——。
これらは、すべて士業本人の仕事です。
AIは、交通整理の交通整理員ではなく、信号の点滅を知らせるブザーくらいに考えてください。
なお本記事は情報提供を目的とした一般的な整理です。
個別の法律・税務・登記の判断は、各分野の専門家にご確認ください。
【振り分けマップ】その相談、どの士業マターか
相続の初回相談で最初にやるべきは、案件を「種類」で仕分けることです。
相続は一つの言葉ですが、中身は複数の手続きの束です。
不動産の名義、税の申告、相続人どうしの話し合い、各種書類の作成。
それぞれ担当する士業が法律で分かれており、混ぜると後で動けなくなります。
なぜ「最初に」仕分けるのか。
理由は、各士業が扱える業務範囲が法律で線引きされているからです。
この線を越えると、いわゆる「非弁」「非税理士」といった問題になりかねません。
だからこそ、初回の段階で「これは誰の領域か」を整理しておくと、案内も連携もスムーズになります。

具体的には、次のように整理できます。
| 相談に含まれる手続き | 一般に担当する士業 | 根拠・線引きの考え方 |
|---|---|---|
| 不動産の名義変更(相続登記)の申請 | 司法書士 | 登記申請の代理は司法書士の業務(司法書士法第3条) |
| 相続税の申告・準確定申告、個別の税額計算 | 税理士 | 税務代理・税務書類の作成・税務相談は税理士の独占業務(税理士法52条) |
| 相続人間の争い・遺産分割の代理交渉・調停代理 | 弁護士 | 報酬を得る目的の法律事務の代理は弁護士の業務(弁護士法72条) |
| 遺産分割協議書など書類の作成(争いがない場合) | 行政書士 | 官公署提出書類・権利義務に関する書類の作成(行政書士法第1条の2) |
| 戸籍収集・財産目録づくりなど初動の事実整理 | 司法書士・行政書士(受任範囲内) | 事務的な作業。判断・代理にあたる部分は各士業の範囲で |
ここで線引きの根拠を確認しておきます。
弁護士法は、報酬目的で法律事件の代理などを行えるのは弁護士に限ると定めています。
(出典:e-Gov法令検索 弁護士法 第72条)
税理士法は、税務代理や税務書類の作成、税務相談を税理士の独占業務としています。
(出典:e-Gov法令検索 税理士法)
ポイントは、「争いがあるか」「税額の計算が要るか」「登記が絡むか」の3つの分岐です。
争いの気配があれば弁護士、税の計算が要れば税理士、不動産の名義変更があれば司法書士。
この3つを初回でチェックするだけで、案件の8割は行き先が決まります。
行政書士事務所であれば、遺産分割協議書の作成や戸籍収集の代行が中心になります。
ただし、相続人間に争いがある場合や、登記申請そのものは範囲外です。
「ここから先は司法書士へ」「これは弁護士マター」と早めに線を引くことが、依頼者の信頼にもつながります。
行政書士の業務範囲については、行政書士事務所の許認可AIエージェント記事でも触れています。
つまり、振り分けマップは「自分が受ける仕事」と「つなぐ仕事」を分ける地図です。
全部を抱えるのではなく、適切に分け、適切につなぐ。
それが結果的に、取りこぼしのない初回対応になります。
【期限カレンダー】取りこぼすと痛い4つの締切
相続のもう一つの落とし穴は、複数の期限が同時に走り出すことです。
相続が始まった瞬間から、いくつものカウントダウンが静かに動き出します。
しかも、それぞれ起算点も根拠法もばらばらです。
ここを一枚にまとめておかないと、「気づいたら過ぎていた」が起きます。
なぜ期限が痛いのか。
相続放棄を逃せば借金ごと承継してしまうおそれがあり、相続税の申告遅れには加算税が絡みます。
そして2024年4月からは、相続登記そのものに申請義務と過料が設けられました。
「知らなかった」では済まない期限が、年々増えているのです。

主な4つの締切を、起算点とあわせて整理します。
| 期限 | 内容 | 起算点 | 根拠・出典 |
|---|---|---|---|
| 3か月 | 相続放棄・限定承認の申述(熟慮期間) | 自己のために相続の開始があったことを知った時 | 民法915条/裁判所 |
| 4か月 | 準確定申告(亡くなった方の所得税の申告) | 相続の開始があったことを知った日の翌日 | 国税庁 No.2022 |
| 10か月 | 相続税の申告・納付 | 相続の開始があったことを知った日の翌日 | 国税庁 No.4205 |
| 3年 | 相続登記の申請義務 | 所有権を取得したことを知った日 | 法務省(2024年4月1日施行) |
それぞれ、もう少し具体的に見ていきます。
相続放棄の熟慮期間は「3か月」です。
相続人が、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内とされています。
(出典:裁判所 相続の放棄の申述、e-Gov法令検索 民法 第915条)
ここを逃すと、原則として単純承認とみなされる可能性があります。
借金の有無がはっきりしない相談では、まずこの残り日数を確認するのが安全です。
準確定申告は「4か月」です。
亡くなった方に一定の所得があった場合、相続人が代わりに所得税を申告・納付します。
期限は、相続の開始を知った日の翌日から4か月以内です。
(出典:国税庁 No.2022 納税者が死亡したときの確定申告(準確定申告))
相続税の申告・納付は「10か月」です。
基礎控除を超える相続財産があれば、申告と納付が必要になります。
期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です。
(出典:国税庁 No.4205 相続税の申告と納税)
税額の計算や申告そのものは税理士の領域なので、早めの連携が肝心です。
そして相続登記の申請義務は「3年」です。
2024年4月1日から、相続によって不動産を取得した相続人は、所有権の取得を知った日から3年以内に登記を申請する義務を負います。
正当な理由なくこれを怠ると、10万円以下の過料の対象となり得ます。
(出典:法務省 相続登記の申請義務化について)
注意したいのは経過措置です。
2024年4月1日より前に発生していた相続も義務化の対象で、この場合は2027年3月31日までが期限の目安とされています。
(出典:法務省 相続登記の申請義務化について)
お盆明けに「実は何年も前に親が亡くなって、そのまま」という相談が来たら、この経過措置を思い出してください。
相続登記の書類実務については、相続登記の必要書類と申請のAIエージェント記事で詳しく扱っています。
ここで現場が見落としがちなのが、お盆という時期の特性です。
帰省で久しぶりに集まった親族が「そういえば名義はどうなっている」と話し、相談が動き出す。
ところが亡くなったのは数年前、というケースが少なくありません。
このとき効いてくるのが、先ほどの相続登記の経過措置です。
「もう何年も経っているから手遅れ」ではなく、2027年3月31日という別の締切が動いている。
お盆明けの相談こそ、相続開始日を最初に確認する価値が高いと言えます。
4つの期限は、起算点が「知った日」前後で微妙に違います。
特に相続放棄の3か月は「知った時」が起算で、必ずしも死亡日と一致しません。
後から借金が判明したケースなど、起算点が論点になる場面もあります。
だからこそ、相続開始日と「いつ知ったか」を初回で丁寧に押さえることが、すべての出発点になります。
【プロンプト】初回相談メモから「振り分け+書類+期限」を一次下書きさせる
ここからが本題です。電話メモを、AIに一次トリアージさせます。
聞き取った断片的なメモを渡すと、振り分け候補・必要書類の初期リスト・期限アラートを下書きしてくれます。
所長や補助者は、その下書きを「たたき台」として確認・修正します。
ゼロから整理するより、はるかに速く、抜けが減ります。
なぜAIが向いているのか。
相続の初回整理は、決まった観点(誰の領域か・何が要るか・いつまでか)に沿った定型作業だからです。
判断は人がしますが、「観点に沿って並べ直す」だけならAIが得意とするところです。
ただし、最初に守るべき注意があります。
依頼者の実名・住所・不動産の所在・資産額といった固有情報を、一般公開型の対話型AIにそのまま入力しないでください。
入力した情報が学習や保存に使われる可能性を考えると、守秘義務や個人情報保護の観点でリスクがあります。
生成AIの業務利用にあたっては、入力情報の取り扱いに注意するよう公的にも呼びかけられています。
(出典:個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について)
対策はシンプルです。メモはすべて仮の表記にすること。
氏名は「A様」、不動産は「自宅不動産1件」、金額は「預貯金あり」程度に抽象化してから渡します。
実際のプロンプトは、次のような形です。
あなたは相続手続きに詳しい事務アシスタントです。
以下の「初回相談メモ」をもとに、次の3点を整理してください。
ただし、受任の可否・法的な判断・税額の計算・申告・登記の可否は判断しません。
あくまで士業本人が確認するための"たたき台"として、候補を並べてください。
【出力してほしい3点】
1. 振り分け候補:想定される手続きと、一般にどの士業が担当するか(複数併記可)。
断定ではなく「候補」として示し、判断は人に委ねる前提で書く。
2. 必要書類の初期リスト:一般的に必要とされやすい書類の例を挙げる。
3. 期限アラート:相続開始日を起点に、注意すべき主な期限
(放棄3か月・準確定申告4か月・相続税10か月・相続登記3年)について、
おおよその残り日数の目安を示す。最終確認は人が行う前提で。
【初回相談メモ】
※実在の氏名・住所・資産額・不動産の所在は入れず、すべて仮の表記にすること。
・相続開始日:2026年6月1日(仮)
・相続人:配偶者1名、子2名(仮)
・主な財産:自宅不動産1件、預貯金、上場株式(仮)
・相続人どうしの関係:今のところ争いはない様子(仮)
・依頼者の懸念:何から手を付ければよいか分からない
このプロンプトを投げると、たとえば次のような下書きが返ってきます(抜粋・要約)。
振り分け候補
・自宅不動産の名義変更(相続登記)→ 司法書士の領域と考えられます
・上場株式・預貯金の解約手続 → 遺産整理として受任範囲で対応可
・相続税の申告要否 → 基礎控除との比較が必要。計算・申告は税理士の領域です
・現時点で争いの記載はなし → 弁護士マターは保留(状況が変われば要再検討)必要書類の初期リスト(例)
・被相続人の出生から死亡までの戸籍、相続人全員の戸籍
・住民票(除票)、固定資産評価証明書、不動産の登記事項証明書 など期限アラート(相続開始2026年6月1日を仮の起点とした目安)
・相続放棄(3か月):2026年9月ごろ ※残り日数を要確認
・準確定申告(4か月):2026年10月ごろ
・相続税申告(10か月):2027年4月ごろ
・相続登記(3年):2029年6月ごろ
大切なのは、これが「答え」ではなく「下書き」だということです。
戸籍の範囲が事案で変わることも、株式の手続きが銘柄で違うこともあります。
AIの出力には、もっともらしく見えて実際は誤った内容(ハルシネーション)が混じる前提で扱ってください。
人が一行ずつ検算し、根拠を確かめてから依頼者に案内します。
それでも、白紙から書くより初回対応は確実に速くなります。
この「相談を仕分けて一次返信を下書きする」発想は、弁護士相談の入口でも応用できます。
争いを含む相談の振り分けについては、法律事務所の相談対応AIエージェント記事もあわせてご覧ください。
AIに任せてはいけない4つの線——なぜ人がやるのか
便利だからこそ、踏み越えてはいけない線を最初に決めておきます。
AIの一次下書きは入口を速くしますが、その先には士業本人にしかできない領域があります。
ここを曖昧にすると、品質の問題だけでなく、各士業法に触れるリスクが生まれます。
理由は明確です。
相続にまつわる「判断」と「代理」と「独占業務」は、法律で人に留保されているからです。
AIは観点を並べることはできても、責任を負って判断することはできません。
下の表は、「やらせない領域」を、なぜ人がやるのかとセットで整理したものです。
箇条書きで覚えるより、「なぜ」を持っておくほうが現場で迷いません。
| AIに任せない領域 | なぜ人がやるのか | 担当 |
|---|---|---|
| 相続人間の争いの法律判断・遺産分割の代理交渉 | 報酬目的の法律事務の代理は弁護士の業務(弁護士法72条) | 弁護士 |
| 相続税の個別計算・申告、準確定申告 | 税務代理・税務書類作成・税務相談は税理士の独占業務(税理士法52条) | 税理士 |
| 相続登記の申請、提出書類の作成 | 登記申請の代理は司法書士の業務(司法書士法第3条)、遺産分割協議書等の書類作成は行政書士の領域(行政書士法第1条の2) | 司法書士・行政書士 |
| 事案ごとの最終判断・依頼者への確定的な回答 | ハルシネーションを前提に、根拠を人が検算する必要があるため | 士業本人 |
具体的な言い回しにも気を配ります。
たとえば「AIが相続放棄をサポートします」とは書かないことです。
正しくは、「AIが熟慮期間(3か月)の残り日数の目安を試算し、放棄の申述そのものは弁護士・司法書士へつなぐ」。
この書き分けが、依頼者にも自分にも、線をはっきりさせます。
「必ず」「絶対に」といった断定も避け、「一般に」「目安として」と添えるのが安全です。
まとめると、AIは入口を整える道具で、出口を決めるのは人です。
振り分けの候補出し、期限の試算、書類リストの叩き——ここまでがAIの担当。
判断・代理・申告・登記・受任は、最初から最後まで士業本人が担います。
増えた事務作業を「止まらない事務所」に変える
初回相談が増える時期は、受任後の事務作業も連動して増えます。
請求書の発行、入金の管理、顧客情報の整理、経費の記帳——。
相続案件が立て込むほど、こうしたバックオフィスが所長一人に集中しがちです。
ここは、会計・請求・顧客管理をクラウドでまとめると負担が軽くなる領域です。
記帳や請求書発行、入金管理を一つの仕組みに集約しておくと、繁忙期でも事務が滞りません。
事務所のバックオフィス効率化という文脈では、マネーフォワード クラウドのようなサービスが選択肢になります。
ただし、用途はあくまで事務所自身の記帳・請求・顧客管理です。
「会計クラウドで相続税申告ができる」わけではありません。
税額の計算・申告は税理士の領域であり、ソフトはその代わりにはなりません。
この線引きは、本記事で繰り返してきた「振り分け」の考え方そのものです。
小規模事務所のバックオフィスをAIとクラウドで省人化する考え方は、一人経理・兼任経理の省人化AI記事でも詳しく整理しています。
「担当者が休んでも止まらない」体制づくりは、繁忙期の士業事務所にも通じる発想です。
まとめ:初回相談を「交通整理が早い事務所」にする3ステップ
相続の初回相談でやるべきことは、結局このシンプルな順番に集約されます。
お盆明けの忙しい午後でも、この3ステップを回せば取りこぼしは大きく減ります。
- 振り分ける:争い・税・登記の3分岐で「誰の領域か」を仕分ける。自分で受ける仕事とつなぐ仕事を分ける。
- 期限を置く:相続開始日と「知った日」を確認し、3か月・4か月・10か月・3年の4本の締切を最初に並べる。
- 下書きさせる:仮の表記にしたメモをAIに渡し、振り分け候補・書類リスト・期限アラートの叩きを作る。人が検算して案内する。
この3ステップの土台にあるのは、一貫した一つの考え方です。
AIは交通整理の一次下書きまで。判断・受任・代理・申告・登記は、士業本人が担う。
線を引いて使えば、AIは初回対応のスピードと精度をしっかり底上げしてくれます。
そして、相続の入口で迷っている依頼者にとって、最初に頼りたいのは「早く交通整理してくれる事務所」です。
何から手を付ければいいかを、その場でわかりやすく仕分けてくれる。
期限の束を、漏れなく示してくれる。
その安心感が、選ばれる事務所と選ばれない事務所を分けていきます。
なお、AIを使った相続実務の効率化や、業務に合わせたAIエージェントの作り方を体系的に学びたい方には、Udemyのオンライン講座も入口として役立ちます。
自分の事務所のフローに合わせて、少しずつ仕組み化していくのがおすすめです。
最後にもう一度。
本記事は情報提供を目的とした一般的な整理です。
個別の法律・税務・登記の判断は、弁護士・税理士・司法書士など各分野の専門家にご確認ください。
依頼者の固有情報を一般公開型のAIに入力しないことも、あわせて徹底してください。
まずは次の初回相談で、「振り分け」と「期限」の二つだけ意識してみてください。
それだけで、相続案件の入口は驚くほど整います。
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